中枢神経系(CNS)臨床試験の基礎知識 ― 課題、イノベーション、そして神経疾患研究の未来

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2025-05-29
中枢神経系(CNS)臨床試験の基礎知識 ― 課題、イノベーション、そして神経疾患研究の未来

「アルツハイマーは最もずる賢い泥棒だ。なぜなら、あなたから物を奪うだけでなく、“何を奪われたのか”を思い出すために必要なものまで奪ってしまうのだから。」

– Jarod Kintz1

神経疾患や神経変性疾患とともに生きる患者にとって、記憶の喪失は「自分らしさ」が失われていく、極めて深刻な現実です。アルツハイマーのように中枢神経系(CNS)に影響を及ぼす病気は、身体的な衰えが現れるずっと前から、その人の“人格”や“自己認識”を少しずつ奪っていくのです。

この存在そのものが揺らぐような体験こそが、中枢神経系(CNS)疾患の臨床試験における緊急性を物語っています。神経疾患の影響を受けている人は、世界で30億人以上にも上り、その深刻さと規模の大きさが浮き彫りになっています2。特にアルツハイマー病の研究においては、フェーズIIIの臨床試験だけで平均3億7,000万ドル3もの費用がかかり、前臨床段階のアルツハイマー病に対しては、試験の立ち上げからプロトコル完了まで最大で8年を要することもあります4。さらに、疾患の進行を遅らせたり、修飾したりすることを目的とした薬剤候補の約95%が失敗に終わっているのが現実です5

こうした大きな課題の背景には、さまざまな要因が関係しています。たとえば、評価指標が複雑かつ主観的であること、スクリーニングでの不合格率が高いこと、そしてプラセボ(偽薬)に対する反応率が高いことなどが挙げられます。

これらの数字が示すように、中枢神経系(CNS)領域の臨床研究は、他の治療分野と比べても特に複雑な試験が求められる領域です。CNS試験には、専門的な評価、データ取得における厳格な一貫性、そして認知・行動・感情面の課題に配慮した、患者および医療機関中心のアプローチが欠かせません。本記事では、CNS臨床試験の基礎、よくある課題、そして電子的臨床アウトカム評価(eCOA)のようなイノベーションが、データ品質や試験運営上の長年の課題をどのように解決し得るかをご紹介します。

CNS試験が複雑である理由とは?

CNS(中枢神経系)試験では、脳や脊髄に影響を与える新たな治療法、医療機器、介入法の有効性や安全性が評価されます。これらの試験は、アルツハイマー病、統合失調症、うつ病など、さまざまなCNS疾患に対する医療を前進させる上で非常に重要な役割を担っています。

CNS疾患は、認知機能、記憶、行動などに影響を及ぼすことが多いため、患者の試験参加や試験そのものの実施に多くの困難が伴います。患者は、深刻な認知機能障害や身体的制限を抱えることがあり、長時間にわたる複雑な評価への対応や、試験実施施設への移動、複雑な来院スケジュールの遵守が難しい場合もあります。一方、試験を実施する医療機関(臨床試験施設)側もまた、評価者の不足、時間的制約、誤った手順やスコアリングによる監査指摘のリスクなど、さまざまな課題に直面しています。

CNS試験における評価者(rater)は、心理学者、神経内科医、精神測定士、看護師、または臨床分野で修士レベルのトレーニングを受けた専門職などで構成される訓練された医療従事者です。彼らは、臨床アウトカム評価(COA:Clinical Outcome Assessment)の実施とスコア付けを担い、複雑な症状が全被験者に対して正確かつ一貫して評価されるよう支援する、非常に重要な役割を果たしています。

CNS臨床試験におけるeCOAの役割

臨床アウトカム評価(COA)は、患者がどのように感じ、どのように日常生活を送っているかを測定・記録するために用いられる評価手法です6。CNS臨床試験においては、認知機能や身体機能の経時的変化を評価するために、これらのツールが不可欠です。

COAには主に4つのタイプがあります:

患者報告アウトカム(PRO)

医師報告アウトカム(ClinRO)

観察者報告アウトカム(ObsRO)

パフォーマンス評価(PerfO)

これらの評価を、専用端末、タブレット、Webベースのソリューション、または患者自身のモバイルデバイスなどを通じて電子的に実施する場合、「電子的臨床アウトカム評価(eCOA)」と呼ばれます。

多くのCNS臨床研究では、認知機能のパフォーマンスや疾患の進行を評価するために、特定のClinROに依存しています。たとえば、アルツハイマー病の臨床試験で最も広く使用されている評価手法には、以下のようなものがあります:

  • アルツハイマー病評価尺度 ― 認知サブスケール(ADAS-Cog)::
    記憶、言語、構成能力(プラクシス)など、アルツハイマー病に関連する認知症状を評価するための、ゴールドスタンダードとされる評価ツール7
  • モントリオール認知評価(MoCA):
    軽度認知障害(MCI)の検出を目的とした簡易スクリーニングツールで、注意力、記憶、言語、実行機能などを評価します8
  • ミニメンタルステート検査(MMSE):
    30点満点の質問票で、一般的な認知障害を評価するために広く使用されており、見当識、即時および短期記憶、注意力、言語、視空間認識などを測定します9
  • 臨床的認知症評価(CDR):
    臨床医の観察と介護者からの情報を組み合わせて、認知症の重症度を定量化するための構造化面接および評価手法です10

これらの評価において、一貫性と正確性を確保することは極めて重要です。
そのため、多くの臨床試験では、評価者(rater)に対する厳格なトレーニングや、評価手法・スコアリングに関する迅速なフィードバック体制が求められます。こうした課題に対応するために、eCOA(電子的臨床アウトカム評価)を活用した臨床試験が設計されているのです。CNS試験向けの最新のeCOAテクノロジーは、医療従事者や科学専門家との密接な連携の中で進化してきました。その結果、柔軟なナビゲーション機能、高度な注釈ツール、音声録音、自動文字起こし、臨床ガイダンスの組み込みなど、さまざまな機能が慎重に設計・搭載されています。これらの機能は、ClinRO(医師報告アウトカム)の実施時における評価者の負担を軽減するだけでなく、CNS臨床試験全体におけるデータ品質の向上にも大きく貢献しています。


ClinRO(医師報告アウトカム)を補完するデジタル認知評価の活用

ClinRO(医師報告アウトカム)は、認知機能を評価するうえで不可欠な専門的判断を提供します。特に、複雑な患者の行動や疾患の進行を解釈する際には、臨床医による判断が重要です。一方で、デジタル認知評価は、特定の認知領域における変化を敏感に検出できる、客観的かつパフォーマンスベース(課題遂行型)の指標を提供します。

試験の設計、疾患ステージ、規制当局への申請目標などに応じて、ClinROとデジタル認知評価は単独または併用で使用され、以下のような目的を果たします:

  • 評価指標(エンドポイント)の堅牢性を高める

  • 治療効果への感度を向上させる

  • 測定のばらつきを抑える

  • 患者の疾患や治療に対する“体験”をより深く理解する

デジタル認知評価では、患者が注意力、記憶、実行機能など、特定の認知機能を測定する課題に取り組みます11こうした評価がデジタル化されることで、目に見えにくい微細な変化を捉えることが可能となり、従来の方法では見逃されていた情報を補完できます。現在、デジタル認知評価はCNS臨床試験において、以下の目的で活用されています:

  • 認知機能の低下を、より早期かつ高感度に検出し、薬剤による変化にも確実に反応する

  • 専門的な神経心理学者を必要とせず、標準化された手順とリアルタイムでのスコアリングを実現

  • 評価者間のばらつきを排除し、広範なトレーニングの必要性を解消

  • 短時間で繰り返し実施可能なタスクにより、参加者に受け入れられやすく、分散型臨床試験(DCT)にも対応

  • 言語や文化を超えて評価の妥当性を維持

  • 試験施設間での運営効率と評価の一貫性を向上

ClinRO(医師報告アウトカム)とデジタル認知評価の両方をCNS試験に統合することで、研究者は疾患の進行をより正確に追跡し、エンドポイントの信頼性を高めることができます。同時に、運用上の負担を軽減し、患者および試験実施施設の体験を向上させることにもつながります。

これからの展望:CNS臨床試験の未来

CNS臨床試験における最も期待される展望の一つは、すでに確立されているデータ品質保証プロセスにAI(人工知能)を統合することです。たとえば、話し言葉における微細なパターン――繰り返される間や、「えー」「あのー」といった長めの言いよどみ、声の抑揚の減少など――をAIが分析することで、患者の認知状態や疾患の進行状況についてリアルタイムでの洞察が可能になります。同時に、機械学習アルゴリズムが評価スケールの実施方法やスコアリングの不整合を検出し、評価者のエラーを最小限に抑え、データの完全性を高めることにも貢献します。こうした技術的進歩は、評価者やレビュワーが行う作業と連携しながら、記録されるデータの信頼性をさらに高める重要な要素として、エンドポイントデータ品質プログラムの一翼を担うようになります。

CNS臨床試験は、医学と人間の体験の交差点に位置しています。すべてのデータポイントの背後には、感情的・認知的な困難を抱えながら試験に参加する患者と、その経験を丁寧かつ正確に記録し、医学的にも精神的にも支援を惜しまない施設スタッフの存在があります。だからこそ、CNS研究の未来は科学的な厳密さだけでなく、疾患の複雑さと患者の人生を尊重するツールとテクノロジーにかかっているのです。eCOAやデジタル認知評価、そしてAIを活用した新たなCNS臨床試験ソリューションなど、研究者たちは今、かつてないほど多くの選択肢を手にしています。それにより、エンドポイントデータの質の向上、運用負荷の軽減、そして試験のアクセシビリティ向上が実現しつつあります。

メディデータとCogstateは、受賞歴のあるパートナーシップを通じて、CNS研究の新たな章を切り開いています。科学的専門知識と、CNSに特化したソリューション、そして患者と臨床現場の体験に深く焦点を当てる姿勢を融合することで、患者の認知機能の記録・分析・活用方法に変革をもたらしているのです。

 

CNS評価とデータ品質を向上させるためのヒントを学びましょう。

 


参考文献:

  1. Kintz, J. (2018, November 4). Alzheimer’s: A different kind of thief. The Next Phase Blog. https://aknextphase.com/alzheimers-different-kind-thief
  2. Institute for Health Metrics and Evaluation. The Lancet Neurology: Neurological conditions now leading cause of ill health and disability globally, affecting 3.4 billion people worldwide. Published March 14, 2024. Accessed March 13, 2025. https://www.healthdata.org/news-events/newsroom/news-releases/lancet-neurology-neurological-conditions-now-leading-cause-ill
  3. Boxer AL, Sperling R. Accelerating Alzheimer’s therapeutic development: The past and future of clinical trials. Cell. 2023;186(22):4757-4772. doi:10.1016/j.cell.2023.09.023
  4. Goldman, D., Malzbender, K., Lavin-Mena, L., Hughes, L., Bose, N., & Patel, D. (2020, August 17). Key barriers to clinical trials for Alzheimer’s disease. USC Schaeffer Center for Health Policy & Economics. https://schaeffer.usc.edu/research/key-barriers-for-clinical-trials-for-alzheimers-disease/
  5. Cummings JL, Lee G, Ritter A, et al. Alzheimer’s disease drug development pipeline: 2023. Alzheimer’s & Dementia: Translational Research & Clinical Interventions. 2023;9(1):1-10. doi:10.1002/trc2.12388.
  6. FDA. Clinical Outcome Assessment (COA): Frequently Asked Questions. FDA.gov. December 2020. Accessed July 19, 2024. https://www.fda.gov/about-fda/clinical-outcome-assessment-coa-frequently-asked-questions#COADefinition
  7. Rosen, W. G., Mohs, R. C., & Davis, K. L. (1984). A new rating scale for Alzheimer's disease. American Journal of Psychiatry, 141(11), 1356–1364. https://doi.org/10.1176/ajp.141.11.1356
  8. Nasreddine, Z. S., Phillips, N. A., Bédirian, V., et al. (2005). The Montreal Cognitive Assessment (MoCA): a brief screening tool for mild cognitive impairment. Journal of the American Geriatrics Society, 53(4), 695–699. https://doi.org/10.1111/j.1532-5415.2005.53221.x
  9. Folstein, M. F., Folstein, S. E., & McHugh, P. R. (1975). "Mini-mental state": a practical method for grading the cognitive state of patients for the clinician. Journal of Psychiatric Research, 12(3), 189–198. https://doi.org/10.1016/0022-3956(75)90026-6
  10. Morris, J. C. (1993). The Clinical Dementia Rating (CDR): current version and scoring rules. Neurology, 43(11), 2412–2414. https://doi.org/10.1212/wnl.43.11.2412-a
  11. Cogstate. (n.d.). Using Cogstate digital assessments to identify cognitive impairment in Alzheimer’s disease clinical trials [White paper]. https://www.cogstate.com/fact-sheet/literature-spotlight-using-cogstate-computerized-tests-to-identify-cognitive-impairment-in-alzheimers-disease-clinical-trials/
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